インナーサークルへのメッセージ2008-01-28 Mon 23:07
![]() 今、隠されてきたOshoの秘密が明らかにされる 以下のメッセージは転載自由です。より多くの友人たちに伝えてください 本サイトの開設はスワミ・ラジニーシ自身より許可を得ています。 インナー・サークルから全世界へ回覧 プネー発 2008年1月15日 OSHOセンターと瞑想の場におられる愛する友人たちへ 自らを“スワミ・ラジニーシ”と称する者による宣伝本、“Tears of the Mystic Rose”(ミスティック・ローズの涙)について聞いたことがあるかもしれません。それはインドではよくある単なるグル芝居の一つにすぎません。OSHOも次のように語っています、「インドでは街角を曲がるたびに出くわすだろう…」と。この者はOSHOインターナショナル・メディテーション・リゾートの門をぐぐることを禁じられています。 Love, ヴァタヤナ グローバル・コネクションズ =============================================================== スワミ・ラジニーシ、回覧に答える 2008年1月21日 最愛の友人たち、そして旅の仲間たちへ 1月19日は愛するマスターOshoの入滅日に当たり、私は沈黙することを選びました インナー・サークルのメッセージは1月15日に送られました 私の本、すなわちマスターと弟子との間における神秘的なラブストーリーは1月19日に発売されました この独裁者たちのサークルは、私の本“Tears of the Mystic Rose”を一文字たりとも読んでいません 私は彼らにまず私の本を読むよう挑みたいと思います その上で、私とその本についての見識ある、また理にかなったメッセージを送っていただきたい 私は1981年から過去26年間にわたりOSHOの献身者であり、また彼の弟子でもあります Oshoが肉体を離れたのち、私は沈黙を守り、ヒマラヤのマナリで17年間語ることも、教えることも、セラピストになることも、センターを運営することもなく、ただ独りで黙々と内なる道を歩んできました 私は17年ぶりにプーナに戻ってきたのです 私のOshoに対する愛がそうさせたのです インナー・サークルからの手紙について: 「自らを“スワミ・ラジニーシ”と称する者」という部分ですが、私の名前をスワミ・ラジニシ(Swami Rajnishi)からスワミ・ラジニーシ(Swami Rajneesh)に変えたのはOSHOご自身でした 彼が肉体を離れる数日前、Oshoは不思議なことにブッダホールで5000人のサニヤシンを目の前に、私を指さしました 私はその秘密と神秘を世界中に明かすことを決心しました 私の愛の書は、下記私のウェブサイトで触れられている全ての神秘を解き明かしています この本を読んで私に挑みなさい 私は逃げも隠れもしません 「それはインドではよくある単なる一地方のグル芝居にすぎません。Oshoも次のように語っています、「インドでは街角を曲がるたびに出くわすだろう…」と。」 しかし、もしも私がこういう誤ったレッテルを貼られたとしても…それは別にかまいませんがね! Oshoはまたこうも言っています、「シーラや、ヒトラーや、ファシズムに気をつけなさい。」と インナー・サークルが果たしている役割とは何でしょう?独裁者?それともファシスト? Oshoは街中いたるところで彼のサニヤシンたちがマスターへの愛を歌い、そして踊ることを夢見ていました 私たち一人一人が彼の夢なのです だから、私が彼の愛の歌をインド中の街角で歌い踊れるなら、それは名誉あることだと思います スワミ・ラジニーシは“リゾート”を出入り禁止になりました… 大ニュースです… 出入り禁止期間はどうなるのでしょう? 1ヶ月?半年?2年?10年?25年?それとも死ぬまで?ひょっとしたら来生もでしょうか? ともかく、私は最高の反逆者たちと共に暮らしています 出入り禁止の不適合者たち、つまりアウター・サークルと共に 1月19日、Oshoの命日を追悼することは禁止されました Oshoの誕生日を祝うことは禁止されました Oshoが光明を得た日を祝うことは禁止されました マスターの日を祝うことは禁止されました 何千人もの愛にあふれた弟子たちがリゾートの出入りを禁止になりました インナー・サークルのオリジナルメンバーのうち15人がリゾートを出入り禁止になりました もし彼らが完全無欠なリゾート実行委員会ならば、なぜ彼らは分裂し、オリジナルメンバーは6人しか残っていないのでしょう Oshoのマーラはリゾートで禁止されました Oshoの写真はリゾートで禁止されました Oshoへの愛の歌はリゾートで禁止されました 私たちの愛するマスターに敬意と感謝を表わすことは禁止されました 神聖なるブッダホールに頭(こうべ)を垂れることは禁止されました サマーディという言葉はリゾートで禁止されました アシュラムという言葉はリゾートで禁止されました スワミという言葉はリゾートで禁止されました ナマステはリゾートで禁止されました 愛するマスターが最後の儀式のために運ばれたブッダホールの演壇は情け容赦なく破壊されました そして、今では人々が靴やブーツでこの神聖な演壇の上を歩きまわっています 大理石で作られたサマーディ記念碑は取り払われました 世界中で愛されている彼の記念写真は銅像にすげ替えられました 意識を拡大するためのセラピーに何千ドルも支払わなくてはならないマルチプラザ そこでは飲酒が横行しています 土曜の夜のプラザ・パーティーでは酔いつぶれたサニヤシンたちが床にころがっています 神聖なるサマーディからわずか50メートル先、ブッダ・ホールから25メートル先でくさい酒の臭いが漂っています 数百メートルの範囲で、むかつくようなタバコの臭いが流れています これが私たちの偉大なるマスターの夢だったのでしょうか それを管理してきたのがインナー・サークルです 彼ら一人一人がゲートの前に立ち、愛する真実の探求者たちを歌と歓喜をもって迎え入れるべきです すべてのサニヤシンを温かく、また慈愛をもって受け入れるべきです 大きな権威を持つ者は、自らの行動に関してより意識的である責任があります インナー・サークルに与えられた権限は、世俗的な事柄のみでした 彼らがスピリチュアルな問題に干渉する権限は全くないのです ブッダ・ホールの残虐な破壊行為は世俗的な事柄ではありません 大理石の記念碑を取り払うことは世俗的な事柄ではありません 無理やりマーラを取り上げ、着用を禁じることは世俗的な事柄ではありません 彼の写真を取り外すのは世俗的な事柄ではありません 感謝の表現を禁じるのは世俗的な事柄ではありません 彼の歌を歌うことを禁じるのは世俗的な事柄ではありません インナー・サークルのメンバーの一人であるヨゲンドラ(ダーシー・オブライエン)はぬけぬけとニューヨークタイムズ紙に向かってこう語りました 「リゾートに来た人たちが、死んだ男の写真が1000枚も飾られているのを見たら、早く帰らなきゃ、って思いますからねえ」 その死んだ男とはOshoのことです こういうたわ言はもうたくさんです さあ、この21人の低能猿たち… この低能たちによる権力の誤用、そして支配に対し何百万というサニヤシンたちが沈黙を守っています 門には“osho international”と書かれています “OSHO international”に変えなさい 食事券にはこう書かれています、「ただ友人たちが集う場所」と 喫茶店じゃあるまいし… ここは神聖な空間です たんなる場所ではなく、真実を探求する旅の仲間たちの寺院なのです サニヤス社会の反逆者たちは、リゾートという言葉を使わないことです Oshoはただアシュラムにリゾートのような設備を持たせなさいと言っただけでした それはアシュラムでも、コミューンでも、リゾートでもありません それは寺院なのです Oshoの愛の寺院なのです 一人一人のサニヤシンがスピリチュアルな問題を守り、疑問を発する権利があります 大いなる反体制の議論が必要とされています 知性と、感謝と、愛の心に欠けたこのインナー・サークルに属する権力の実態を見直しましょう 禁止の権限は彼らが握っています 彼らは真の権力について学ぶべきです 愛の力という権力について そう、私たちインド人は愚かで献身的なタイプです 私たちは感謝をもって彼を敬い、自らの人生を彼への愛の炎のために捧げてきました Oshoの著作権論争について: Oshoの言葉に関するすべての著作権は、アメリカン・マルチ・メディア・コーポレーションが所有しています この名前をつけた人物が誰であれ、その人は私たちのマスターに全く何の関心も、敬意も持ち合わせていません これが彼の著作権を持つ会社の名前かと思うと、吐き気がし、ぞっとします 私たちのマスターに手錠をかけ、鎖でつないだ国 私たちサニヤシンとオレゴンのコミューンを破壊しつくした国 そこは数千人のサニヤシンたちが夢をかなえるために、血と、汗と、涙を注いだ地でした アメリカン・マルチ・メディア・コーポレーションが正式な所有者です 馬鹿げた犯罪です なんという悪夢でしょう 彼らがもしOshoを愛していると言うのなら、敵とはいったいどんな人のことをいうのでしょう? Oshoがその全生涯をかけて闘ってきた反逆と炎の言葉が骨抜きにされ、意図的に消されてきました 反逆的な言葉はもれなく削除され、彼のすべての言葉はインナー・サークルの都合のいいように検閲されています インナー・サークルは道義的にみて著作権を持つ資格がありません なぜなら、彼らは検閲した講話を出版しているからです 私たちの愛するマスターOshoの言葉に手を加えてはなりません それらはスピリチュアルな講話であり、オリジナルのまま残さなくてはなりません それは、これからやってくる無数の人々への財産です 世代を超えて真実の炎を探し求める人々への財産なのです これは人類に対する犯罪である、と私は考えます サマーディを守り、復活させましょう 憲法にはこういった事柄やスピリチュアルな場所に対する法が定められています 数百万の人々から敬愛されている私たちの光明を得たマスターOsho 彼のサマーディを守るのです マスターのサマーディに行くことを禁ずる権利は誰にもありません むしろ、サマーディの近くで酒を飲むことを禁止にしなさい 老子館の中で起こっている身の毛もよだつ出来事 それに多くの人が気付き、口をつぐんでいます Oshoが語り、また最後に休まれた場所ブッダホールは記念碑として改築し、守られねばなりません 私たちには神聖なマーラを身につける自由があります 私たちには宗教性を表現する自由、感謝の気持ちを思いのまま表現する自由があります サニヤシンはヒツジではありません 禁止という恐怖を作り出すこと それは最低の脅迫手段です OSHOは「私から宗教を作ってはいけない」と言ったのです どこで彼が宗教性の表現を禁止せよと言ったでしょう? インナー・サークルは無宗教を無理強いしています しかし、それ自体がまた一つの宗教なのです。 有神論も無神論もどちらも宗教なのです 感謝と宗教性を表すことは宗教ではありません それは瞑想と感謝の生きた愛の表現です 他人の自由に干渉するのはやめなさい あなたたちは他者のスピリチュアルな領域に犯罪的な侵害をおかしています だから目を覚ましなさい あなたたちには慈悲をもって時間が与えられてきたのです インナー・サークルよ、行動に気をつけなさい 成長し、意識的に行動しなさい 人間的にふるまいなさい あなたたちは単に世俗的な事柄の世話人にすぎず、マスターではないのです 私に言えることはもっとたくさんあります ただ、愛と慈悲心からそれらを口にしないだけです しかし、言わないからといって、それが弱さだと思わないように 私がこれ以上を語らないのは、Oshoに対する愛、ただそれだけのためなのです そして、サニヤシンの内情を公にしないという私自身の配慮からです 目覚めよ 目覚めよ 今、世界中のサニヤシンたちがあなたたちを見ています そして、回答を待っています 私は自分と友人たちの命が危険にさらされているのを知っています 私たちは、これから私に対してなされるあらゆる行動を監視しています Oshoを愛するすべての人たち…彼の愛の戦士たち…このメッセージを広めてください スワミ・ラジニーシのウェブサイト http://www.oshorajneesh.net/index.htm ![]() |
Tears of the Mystic Rose (ミスティック・ローズの涙)2008-01-29 Tue 22:38
![]() スワミ・ラジニーシのウェブサイトから、スワミ・ラジニーシの本“Tears of the Mystic Rose”の内容を一部紹介します。 ・Oshoの死についての隠された真実 ・黒魔術に隠された謎。ブッダホールでOshoはなぜ数名のサニヤシンを指さしたのか。 ・最後の2ヶ月に起こった奇妙な出来事、そして声明。 ・「光明を超える」でOshoが意味したもの ・Oshoは肉体を離れる前に光を伝授したのか? ・Oshoのアストラル・ボディはどこへ? ・なぜOshoは1986年から歩くのが遅くなったのか? ・ミスティック・ローズは真のイベントだったのか? ・マルーン・ローブとホワイト・ローブ・ブラザーフッドの重要性の裏に隠された深い意味 ・なぜOshoは突然全員を老子館(ラオ・ツー)から追い出したのか? ・なぜコミューンは黒く塗られたのか? ・なぜOshoの最後の指示は明らかにされなかったのか? そして、僕がラジニーシと直接メールのやりとりで教えてくれたこと・・・ ・突然姿を消したゴヴィンド・シッダールタの真の物語 ・ゴータマ・ブッダがOshoと融合した物語の完全版 “Tears of the Mystic Rose”は1月19日に発売になりました。 今のところ、ラジニーシのウェブサイトからしか購入できません。 出版関係者の方はぜひ日本語版の出版をご検討ください。 |
Oshoの死の直前に起こったできごと(1)2008-01-30 Wed 21:02
スワミ・ラジニーシの本、“Tears of the Mystic Rose”を注文した。それが届く前に、Oshoの死の直前に起こった不可思議なできごとをある程度詳細におさらいしておきたい。
Oshoが亡くなってしまった絶望感があまりにも大きかったためか、当時から現在に至るまで、これら一連のできごとに十分光が当てられてきたとは言い難い(特に日本では)。まだ本を読んだわけではないが、“Tears of the Mystic Rose”がこれらの「謎」を一気に解決してくれることを個人的には非常に期待している。 70年代におけるバグワン・シュリ・ラジニーシ(Osho)を中心とするネオ・サニヤス・ムーブメントは総じて非常に活気とエネルギーに満ち溢れており、僕はOshoの説く新しい生き方が世界中を席巻することは間違いないと思っていた。実際ネオ・サニヤス・ムーブメントはそれだけの魅力と深遠なる教え、そして新旧数々の方法論を備えていたのである。 しかし、アメリカのオレゴン州にコミューンを建設してからというもの、状況は徐々に変化を見せ始める。そしてOshoが3年半という長い沈黙を破り、さあこれからだ!というときにマ・アナンド・シーラたちの犯罪行為と裏切り、そしてOsho自身がアメリカ政府に逮捕されてしまうという最悪のシナリオが現実となってしまったのであった。もちろんOsho自身が何の犯罪にもかかわっていなかったことは火を見るよりも明らかである。 それ以降、Oshoがインドに戻ったのちも、危険なカルト宗教というレッテルを貼られたネオ・サニヤス・ムーブメントはついに以前の勢いを取り戻すことはなかった。依然としてOshoを慕う求道者たちは世界中から集まってきてはいたものの、アメリカ政府に逮捕された際、意図的に毒を盛られ、また放射能を浴びせられた、ともいわれており、Oshoはしだいに健康に不調を訴えるようになってゆく。そして1989年8月、ある不可思議な出来事が起こり、それはついにOshoが肉体を離れるまで続くのである・・・ 続く |
ミステリースクール2008-01-31 Thu 09:58
スワミ・ラジニーシの公式サイトに、新たにミステリースクールのセクションがアップデートされたので紹介します。 スワミ・ラジニーシの公式サイト http://www.oshorajneesh.net/ ・7〜10日間の短期滞在による瞑想キャンプとイベントを行ないます。 ・彼を招待したいセンターはご連絡ください。 ・瞑想イベントにかんして、彼は一切の金銭を受け取りません。 イベントを企画する方は、彼に一般の宿泊施設と往復のエコノミー航空券をご用意ください。 ・イベントに参加される方は全員“Tears of the Mystic Rose”を読んでおく必要があります。 そうすることにより、より深く、意義のある交流を行なう下地が整えられるとラジニーシは言っています。 ・イベントの雰囲気を感じたい方は、サイト内の“The New Man”セクションをご覧ください。ロシア訪問の様子がご覧いただけます。 ・訪問スケジュールを組む必要がありますので、招待状をお送りください。 ・招待状はメールでお送りください。希望する日程をご指定ください。 メールの宛先: mysteryschool@oshorajneesh.net rajneesh@oshorajneesh.net ![]() |
Osho再臨?2008-02-01 Fri 13:14
スワミ・ラジニーシの公式サイトで、最もミステリアスで胸が熱くなる言葉がこれである。
“Oshoはもうすぐ戻ってくる” −スワミ・ラジニーシ− |
Oshoの死の直前に起こったできごと(2)2008-02-02 Sat 15:02
1989年
5月19日 Oshoは二度と再び公の場で語らないことがブッダホールのミーティングでアナウンスされる。 5月23日 Oshoからのメッセージが伝えられる。 「彼は夕方のダルシャンに姿を現わします。彼が到着したら全員で祝いましょう。Oshoが去ったあと、沈黙の瞑想を行ないます。そのあとビデオでOshoの講話が流されます。Oshoはブッダフィールドのエネルギーは新たな、そしてより高いレベルにあると語りました。」 8月18日 アナンドがOshoからのメッセージを伝える。 「私の言葉を理解した者はほとんどいない。」 8月20日 翌日からOshoが毎晩姿を現わすことがアナウンスされる。 Oshoはアナンドに青い光で「オーム」のサインが現れたのを見たと語る。言い伝えによれば、それを見た者は肉体を離れる時が近づいているとされる。(きっかり6ヶ月前とも言われる) 8月22日 Oshoからのメッセージが伝えられる。 「オクラホマ刑務所で毒を盛られたことにより、彼の身体は弱っています。しかし、彼は夜のミーティングには姿を現わします。」それはコミューンの1日における最大のイベントとなる。 8月23日 Oshoはアナンドに、ホワイト・ローブによって神秘的なエネルギーを集めることについて語る。将来的には瞑想やグループではマルーン・ローブを着用し、グループやセッションでリーダーを務める者は黒のローブに白いベルトを着用するとした。 8月24日 アナンドはエネルギーの4つの層についてアナウンスする。またOshoとのダルシャンでは完全な沈黙を守ることをうながした。 8月25日 アシュラムでは全員働いている間も、瞑想中もマルーン・ローブを着用するように、とのアナウンスがなされる。 8月31日 Oshoは大理石で作られた新しいチャン・ツー(荘子)の寝室に引っ越す。 9月 Oshoは2週間体調を崩し、ほぼ毎日歯の治療を受ける。容態は良くなかった。医師のモディは、Oshoが放射能を受けていたという声明を出す。 9月12日 Oshoは“ラジニーシ”という名前を手放す。これ以後、彼はただ“Osho”として知られることとなる。 9月14日 Oshoは元いた寝室に戻る。チャン・ツーの寝室はミスティック・ローズとノーマインドのグループのために使われることに、また、Oshoの散歩用に作られた新しい芝生の散歩道はヴィパッサナと座禅グループのために使われることになった。 続く |
“Tears of the Mystic Rose”からの抜粋(1)2008-02-03 Sun 14:21
スワミ・ラジニーシの公式サイトに掲載されている“Tears of the Mystic Rose”の抜粋部分を何回かに分けて日本語に訳し紹介します。原文は公式サイトをご覧ください。
スワミ・ラジニーシのウェブサイト http://www.oshorajneesh.net/index.htm 表紙に彼の顔が写っているサニヤスマガジンを見た瞬間 その目と髭を見た瞬間 それはまるで時間が止まってしまったかのようだった わたしの心臓は高鳴り、部屋の中にあるものすべてがぐるぐると回り始めた ショックのために、もう少しで気を失うところだった ああ、今自分の目の前にあるものは何なのだ これは夢なのか…それとも現実なのか 過去4ヶ月、毎晩わたしにつきまとっていた それと全く同じ目が、サニヤスマガジンの表紙から今わたしを見つめている まるで走馬灯のように、無数のイメージがわたしの目の前を通り過ぎる わたしは彼を探していたのだ…彼はわたしの命だった わたしの人生の意味はこれだったのだ すべてがあるべき場所に落ち着いた…パズルは完成した わたしはなぜかそれらすべてを知っていた わたしはこの人たちを皆知っていた わたしはその場所を知っていた、まるでそこにいたかのように そして、わたしは最初の言葉を読んだ “普通の人はタオ(tao)である” わたしはまだショックから覚めやらず、喜びのあまり泣き始めた 泣きながら震えていた それは1時間以上も続いた 自分では止めようがなかった わたしの頭は軽く、そして空っぽになり始めた ある種の圧迫感が訪れ、やがてそれは爆発的な痛みに変わっていった またしても部屋が動き始めた 床が揺れ動いていた 地震が起こっていた |
あなたはラジニーシのメッセージにYESですか、NOですか?2008-02-04 Mon 11:47
インナーサークルからのメッセージに対するスワミ・ラジニーシのメッセージについて、あなたはどう思いますか?YESですか、NOですか?
インナーサークルに対するスワミ・ラジニーシのメッセージ http://oshonow.blog9.fc2.com/blog-entry-3.html 私がこのサイトを立ち上げたのは、彼のメッセージがとてつもなく重要なものであり、この問題は未来の世代にOshoを伝えていく上で決して避けて通れないものだと感じたからです。つまり私個人はYESです。しかし、もし仮に大多数のサニヤシン、そしてOshoを愛する方たちがNoと感じるならば、つまり現状のままでよしとするならば、私はその意見を尊重するでしょう。 場合によっては、このサイト自体の存続意義がなくなってしまうかもしれません。 どうか皆さん一人一人のご意見をお聞かせください。そして、ここに一票を投じてください。 私はその結果がどうあれ、それをラジニーシに伝えます。 |
Oshoの死の直前に起こったできごと(3)2008-02-05 Tue 08:57
10月
コミューンにあるすべての建物が黒く塗られる。 10月15日 ダルシャンの前に全員で叫ぶマントラ“Yaa-Hoo!”が“O-sho!”に変えられる。 10月17日 Oshoはコミューンを“マルチバシティ・キャンパス”と呼ぶように、とのメッセージを送る。 10月22日 “Osho”をマントラとして使ってよい、とのアナウンスが出される。 11月 Oshoは“沈黙を生み出すためのストップ・エクササイズ”を始める。Oshoが手を上げたまま突然動きを止めると、全員も腕を上げたまま停止しなくてはならない。 11月17日 Oshoは肉体を離れた時についての指示を与える。彼はヒンディー語の本を英語に翻訳するグループを作るよう指示した。Oshoは次のように語った、「私の後継者はいない。インナー・サークルが私の後継者になる。」インナー・サークルの機能について、彼はさらに細かい指示を与える。 11月28日 Oshoは彼の本を買って読むようにとのメッセージを送る。今後、アシュラムにおけるすべてのグループにとって、彼の本を読むことは下準備を整えるために不可欠となる。 11月29日 光明を得た日本人女性、太母さん(菊池霊鷲)が癒しのエネルギーをOshoに与えるため、アシュラムを訪れる。「世界は彼が肉体として存在していることを必要としている」、と彼女は語った。ダルシャンの中で、Oshoは彼女にバラの花びらを振りまき祝福した。 12月中に何度も、Oshoはダルシャンでの「沈黙の瞑想」の参加者に向かってコメントを発した:「沈黙は手を触れられるほどに確固としたものになりつつある」 12月9日 Oshoの身の回りの世話をしていたニルヴァノが肉体を離れる(彼女はヴィヴェークまたはグディアとしても知られる)。Oshoは彼女の記念碑をアレンジする。【ニルヴァノ、早すぎる死】 この記念碑は新しいOshoハウスに置かれた。 12月12日 Oshoはバースデー・セレブレーションについてコメントする。 「セレブレーションはとてもよかった。今までで最高のセレブレーションだった。」 12月16日 Oshoはヴィデハとヴィーレッシとのフォト・セッションを希望する。彼らは共にヨーロッパでOshoのワークに多大なる貢献をした。スワミ・ヴィーレッシは長きに渡りセラピストを務め、またオランダのヒューマニバシティの設立者である。スワミ・ヴィデハはOshoの本を多数イタリア語に翻訳した。それらはイタリア国内において広く読まれ、ノンフィクションのジャンルでベストセラーを記録した。それらの写真はOshoタイムズ・インターナショナルから発売された。 12月24日 イギリスのサンデーメール紙に、Oshoがアメリカから追放された責任の一部はラッツィンガー枢機卿とバチカンにある、との記事が掲載される。 1月16日 ブッダ・ホールにおいてOsho最後のダルシャン。 ダンスに続いて、沈黙の瞑想が行なわれる。Oshoはこのところ腕に激しい痛みをかかえており、今後腕を動かすことはないだろうと伝えられる。 Oshoはダルシャン中に、誰かが彼に向かって黒魔術を仕掛けていたというメッセージを伝える。Oshoは自分を守ることもできたが、攻撃をしかけた者が傷付くため、それをしないと語る。その後関係者を特定しようという試みがなされたが、失敗に終わる。 1月17日 アムリト医師によるメッセージ:「今後Oshoはナマステをするためにだけ姿を見せます。」 Osho:「これからあなたたちの瞑想はこれまでなかったほど深くなる。」 1月18日 Oshoはダルシャンの間も自分の部屋にとどまったが、次のメッセージを送る。 「あたかも私がそこにいるかのように感じられるだろう。」 1月19日 午後5時、Oshoが肉体を離れたことがアムリト医師により夜のダルシャンでアナウンスされる。亡くなる直前、Oshoはジャエッシュを呼びよせ、“あなたたちに私の夢を託す”と伝えた。彼はまた“アナンドが私の霊媒になる”とも語る。Oshoは彼のサニヤシンたちのために決められた死の祝祭と同じものを行なうよう指示した。彼の身体は10分間ブッダホールに置かれたのち、列を作って近くの火葬場へと運ばれた。セレブレーションは夜を徹して行なわれた。 1月21日 Oshoの遺灰がサマーディ(チャン・ツー・オーデトリアム)に運ばれる。それ以降、サマーディは沈黙の瞑想の場として使われる。 遺灰の上の碑文: Osho 生まれることも 死ぬこともない 1931年から1990年まで惑星地球を訪れる |
Tears of the Mystic Rose (ミスティック・ローズの涙)(2)2008-02-06 Wed 12:41
待ちに待った“Tears of the Mystic Rose”が昨日届いた。
スワミ・ラジニーシの公式サイト http://www.oshorajneesh.net/ まだすべてを読んだわけではないが、「今、隠されてきたOshoの秘密が明らかにされる」というのはけっしてオーバーな表現ではないということを、改めてここにお伝えしておきたい。 これが本当だとすると(僕は本当だと信じているが)、サニヤス社会全体を大きく揺るがす歴史的大事件が今起ころうとしていることになる。(もうすでに起こっている) おそらくサニヤシンの間でも意見は真っ二つに別れることになるだろう。 そしてOshoのワークは新たな段階に突入することになる。 すべてはスワミ・ラジニーシが「本物」かどうかというところにかかってくるだろう。 とても回りくどい物の言い方になってしまうことをお許しいただきたい。この本の内容について、ラジニーシ本人の許可なくこのサイトで勝手に掲載するわけにはいかないからである。特に英語が苦手な方々のためにせめて精髄となる部分だけでもお伝えしたいところなのだが、そのあたりについてはラジニーシに確認を取ってからということになってしまうので、もう少しお時間をいただきたいと思う。 予備知識として、Oshoが仏陀のアストラル体と融合した出来事について読んでおかれると、この本を読んだときにより理解が深まると思う。 以下の2冊を参考に挙げておく: “NO MIND the flowers of eternity “ノーマインド 永遠の花々 “The Rajneesh Upanishad 日本語版なし? 本はずっしりとしたハードカバーである。装丁やデザインもよいし、これで20ドルというのはかなり安いという印象。少なくとも僕には儲けは度外視した本に思われる。ちなみにこの本の売り上げはすべてブラジルの新コミューンに寄付されるということである。 またラジニーシ自身は億万長者ということだ。 |









